海外移住系ラッパー、株式会社Kaigai Life代表・Mek Piisua(メックピースア)氏、4000字インタビュー!

タイで飲食店を数店舗経営する株式会社「Kaigai Life」代表であり、東京都板橋区出身の”海外移住系”ラッパー、Mek Piisua(メックピースア)氏に、RAWLENS代表の圷(あくつ)がインタビューしました。

RAWLENSは今まで、Mekさんからオファーいただいたミュージックビデオを12本くらいと、RAWLENSからメックさんにオファーしたラップCMを2本手がけていて、お互い5年ほどのつきあい。
それでいてMekさんがタイに来た経緯やヒップホップに対する想い、バーの経営について深く伺うのは初めてで、新鮮でした。

タイで会社を経営されているor起業を考えている方、そしてヒップホップが好きな方にとっては興味深い内容のはず!

今日はよろしくおねがいします!まず、Mekさんがタイに来たきっかけを教えていただけますか?
Mek Piisua
最初は転職の面接でタイに来たんですよ。

もともと日本にまだ住でた頃、タイの人材紹介会社さんに登録してたんですけど、担当さんから連絡が来て。「魚の卸業者の営業スタッフで空きがあるからタイに面接に来ませんか?」って。

しかもほぼ採用決定という感じで言われたので、住民票抜いてサラリーマンやるつもりでタイに来ました。

魚の卸の営業…そうだったんですね。さっそく知らなかった話でびっくりです!
Mek Piisua
でも、いざ面接してもらったらなぜか採用されなくて。
えー!
Mek Piisua
でも住む準備してタイに来ちゃったから。すぐ日本に帰るわけにもいかず、フリーペーパーの求人欄で仕事探したんですよ。

そうしたら、トンローのイタリアンレストランで「日本人マネージャー募集」っていうがあって。そこはすんなり受かって働くことになりました。

その店にはどれくらいいたんですか?
Mek Piisua
4ヶ月くらいですね。そのイタリアンレストランに広告の営業に来たフリーペーパーの人と仲良くなって、レストランを退職してからは、そのフリーペーパーのスパへの広告営業を手伝ってました。

それと平行して、音楽イベントの企画も始めて、「社交」っていうパーティーをやりました。

社交にはどんなアーティストが出演してたんですか?
Mek Piisua
タイで出会ったタイ人アーティストや日本人とか、日本から呼んだ友達とか出演してくれましたね。

で、その「社交」のフライヤーをバンコク中のお店に置かせて回ってるなかで、ウッドボール2号店(トンロー店)で店長の「とっぴー」と出会って、仲良くなったんですよ。

なるほど!
Mek Piisua
で、事情を聞くと、ウッドボール1号店(当時シーロムソイ6)に通っていたお客さんもみんな2号店に行ってしまってて。

1号店は広いし、イベントやってみれば?」ってとっぴーが提案してくれたんですよね。で、イベントをやっているうちに、なんとなく「このお店、手伝ってみようかな」って思って。

池袋のガールズバーで店長やってた経験もあったし、時間はたくさんあったから。

そうやって”ウッドボールのメック”が始まったんですね。
Mek Piisua
そうそう。で、今までにないイベント、例えば「オカマナイト」とか、「女性無料!」とか「タイに来て半年以内の人は無料!」とか。

たくさんやっていたら、人のいなくなったウッドボール1号店に新規のお客さんが来てくれるようになったんです。僕が店に入って4ヶ月くらいかな。

新規開拓できたんですね。
Mek Piisua
たまたまうまくいって。で、とっぴーと話し合った時に「メックは経営スタイルが確立したから1号店は全面的に任せるよ」と言ってもらえて、1号店の経営は僕がやることになったんです。
なるほど。今でも色んなイベントを開催してて、メックさん流のマーケティングは今も続いてますね。
Mek Piisua
基本はそうですが、集客の方法はちょっとずつ変えてます。

自分流の手法は確立したような気もしますが、いつ通用するか分からないですよ。水商売なので、時代に合わせて常に変えていかないと。これは客商売をやっている限り、終わらない課題ですね。

新規店舗の打ち合わせ中のメックピースア
なるほど。タイの飲食店も5年前とは全然違いますもんね。ところで、シーロムソイ6にあった1号店がタニヤに移転する前後で僕とメックさんが出会ったんですよね。
Mek Piisua
そうそう。日本人の交流会で知り合って、そのあとkoedawg(コエダ)っていうラッパーとの曲のミュージックビデオを編集してもらった。
ですね。メックさんと出会って5年、12本くらいミュージックビデオをRAWLENSで作らせてもらいましたけど、 あれが初めてのビデオですね。
Mek Piisua
ソンクランのシーンがあるから、2013年の4月だね。

このころタニヤに移店するんだけど、候補の物件が3階にあって、常連のお客さんほぼ全員から反対されました。タニヤのメインの通りじゃないし、集客難しいだろうって。

でも他に良いところもなかったし、シーロムソイ6のお店だって「誰も来ないところから新規のお客さんを入れた」わけで、もしお客さんが来なくなっても、また頑張ればいいと思ってました。

でも結果、ちゃんとお客さんは来てくれたんですよね?
Mek Piisua
そう結局、移店に反対してたお客さん達も、なんだかんだ言って今でもタニヤ店に来てくれてますね。

そうやって、ウッドボールタニヤ店(現在はグリーンボール)はうまくいったんですが、今度はシラチャーに「カフェバーMek」っていうお店をお金をかけてオープンするんだけど、ほとんど資金を回収できず…という失敗談につながっていくわけです。

山あり、谷ありですね。タイで飲食店を経営するということの難しさについて伺えますか?
Mek Piisua
年々、難しくはなってはきてますよね。10年前とはぜんぜん違う。

競合店が増えてお客さんはお店の選択肢がたくさんあるから、サービスもちゃんとレベルを上げていかないといけない。

あとは日本人のお客さんだけをターゲットにするだけでなく、タイ人のお客さんも開拓していかないと厳しいでしょうね。

なるほど、ありがとうございます。
次に、メックさんの音楽活動について伺いたいんですが、

4年くらい前かな?メックさんが「ヒップホップは一生続けるでしょうね」って言ってたのが僕にとって印象的で。メックさんにとってヒップホップって何ですか?

Mek Piisua
うーん……
Mek Piisua
ヒップホップって、自分がどこに住んでてどんな生活をしてても、その時の状況を表現できるフォーマットじゃないですか。それが自分には合ってる。

頭が良いわけでもない、何か秀でたものがない人間でも、そのマイナスの状況をプラスに変えることができるって考え方がヒップホップの精神にはあるから

「何の取り柄もない俺でも輝きたい」ってヒップホップに出会う前から思ってて、その考えがヒップホップと合致した感じかな。

メックさんのもともとの価値観がヒップホップに近いものだったんですね。
Mek Piisua
そう。ただ、今は時代も変わってきてて。Jay ZとかSnoop Doggって、ヒップホップから成り上がった成功例なんですけど、ああいう“音楽で成り上がる”っていうのが難しくなってきてるっていうか。

やっぱり音楽が売れないから、悪いことやってそれをYoutubeにアップするとか、インスタグラムでやりたい放題やって、とにかく目立つことをやってから曲を出す連中も出てきてて、成り上がる手法もだいぶ変化してる。

そんなことになってるんですね
Mek Piisua
そう、昔みたいに純粋に良い曲を作って良いライブをして成り上がるっていう、90年代から2000年代前半まで通用してた構図が崩れかけてて。

ほんと、インスタで目立ってから売れる!みたいな時代なんですよ。

メックさんはそのへんの変化を意識してますか?
Mek Piisua
まあ、多少は。時代の流れは変えられないので、それに自分なりにどうアクションを起こすかが大事。
食レポをYoutubeで配信してるのもその一環ですか?
バンコクの食をレポートするメック氏
Mek Piisua
その一環ですね。フォロワーを増やすっていうのは、バーの集客にも繋がってくるので避けられない。
ありがとうございます。次に、今後の目標を伺えますか?
Mek Piisua
今後はタイ語も覚えて、タイ人のリスナーにもアピールしていかないとなと思ってます。バーのお客さんとしても、タイ人にアピールしていきたいですね。たぶん、すぐには結果が出ないことをやろうとしてるんですよ。

現状として今、僕の生活が成り立っているのは日本人のお客さんのおかげで。感謝もしてるんだけど、せっかくタイに住んでるわけだから、ちょっとずつタイ人に向けても発信していかないとなと思ってます。音楽も、バーも。

海外移住ってね、長い戦いになるじゃないですか。一生を賭けた。どれだけ自分の描いた海外生活を達成できるのかっていう。

ですね。目標と言えば、メックさんは日本語ヒップホップ界の有名アーティスト、ラッパ我リヤのアルバム”ULTRA HARD“に参加を果たしてますが、「HOT feat Mek Piisua」は、一つの夢が叶った瞬間だったんじゃないですか?

僕、メックさんがラッパ我リヤとのフィーチャリング決まった時、facebookで「あきらめずに続けていれば良いことある」って投稿してたの覚えてて。

Mek Piisua
ですね。ラッパ我リヤは高校生の時から聴いてるアーティストだし、
走馬党(ラッパ我リヤのMC・Qを党首として活躍する日本のヒップホップクルー。ラッパ我リヤを中心に1997年に結成された)も好きなクルーだったから。

アルバムに参加できたのは嬉しかったですね。

Mek氏が参加したラッパ我リヤのアルバム「ULTRA HARD」

僕もメックさんのそういう気持ちを知ってたから、「HOT」のミュージックビデオを撮れて胸熱でしたよ。
Mek Piisua
うん、僕らはね、海外に住んでるって時点で一つ、日本に住んでる日本人からすれば、目立つポジションには居ると思うんです。そこに甘えることはしないけど。

僕がタイに住んでることでWinWinの関係になれるアーティストと、これからもコラボしていきたいですね。

じゃあ最後に質問なのですが、今までRAWLENSが作ったメックさんのミュージックビデオの中で印象に残ってるものは何ですか?
Mek Piisua
全部印象に残ってますね。ミュージックビデオ、無いよりあった方が良いし、健ちゃん(圷)との出会いとか、一緒に作った作品は、大きなポイントですよね。

僕が思い描いた映像も作ってくれるし、僕にはない発想で作ってくれる。やっぱりクオリティが良いんで。アニメーションとかも相当良いし。

インパクトある作品を作ってくれるんで毎回。助かってますよ。今後も作ってください、僕のビデオを!

ありがとうございます!!こちらこそよろしくです

RAWLENSが制作した「HOT」ミュージックビデオはこちら!

Mek Piisua(メック ピースア)プロフィール

1980年生まれ。東京都板橋区出身。高校卒業後、ロサンゼルスに移住。2001年よりラッパーとしての活動を開始。3年半をロスで過ごし、ニューヨークに半年住んだ後、2003年に帰国。地元板橋のヒップホップグループ“KSC”に加入。2009年ソロアルバム『THE FREEMAN』を“MEKOLI”名義で発売。2011年にタイに移住。“Mek Piisua”名義でラップ活動も行う。2012年より「バー ウッドボール」のオーナーとなる。2016年にはシーラチャに「Cafe Bar MEK」をオープンさせる。

※https://cakes.mu/posts/17169から一部抜粋

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